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むなかた遺跡マップ
とうごうたかつかこふん
東郷高塚古墳
  • 特徴
  • 所在地:福岡県宗像市日の里3丁目4-17(日の里12号公園内)
  • 時 代:古墳時代前期(4世紀後半・約1650年前)
  • 墳 形:前方後円墳(全長64.4m、後円部直径38.9m、後円部7.6m、括れ部幅22m、前方部高さ5.3m)

 東郷高塚古墳は、市南部の許斐山から北へと延びる標高30mほどの丘陵上に位置する古墳で、宗像市内の古墳では最大のものです。

 後円部には、死者を埋葬した割竹形木棺( 大きな丸太をタテ半分に割り、中をくりぬいて棺としたもの)を粘土でくるんだ粘土槨と呼ばれる施設があります。

 この古墳には大きな古墳にしか見られない外堤とよばれる半円形の土塁(幅約12m)を後円部の周りに巡らしており、沖ノ島祭祀がはじまるころの有力者の墳墓として注目されます。

墳丘復元図
3Dで見る『東郷高塚古墳』

 東郷高塚古墳の様子を実際に動かしながらご覧いただけます。パソコンの方はマウスで図を上下左右にドラッグしてみてください。 スマートフォンの方は図を指で見たい方向にフリックしてみてください。

古墳の保存

現在この古墳は、日の里団地が誕生する前の原風景ともいえる雑木林のなかに3基の円墳と共に残されています。 昭和41年から始まった日の里団地の開発では、かろうじて古墳を保存することができました。

 当時は今のように文化財保護行政の体制が整っておらず、開発はやむを得ない状況でしたが、当関係者の努力と文化財への思いが実った結果、日の里1号公園内に残されることになりました。

勾玉と管玉
発掘調査

 宗像市教育委員会では昭和61年度から3年間、内部主体や墳丘の形を正確に知るための発掘調査を行いました。 主体部は残念ながら中世に大きく盗掘され、期待された銅鏡などの副葬品は見つかりませんでした。

 ところが、盗掘された穴にたまっていた土砂をふるいにかけてみると、青緑色に輝くヒスイ製勾玉など、盗掘の手をまぬがれた遺物が見つかりました。 また、遺体のおさめられた木棺はすでに腐敗していましたが、その痕跡から長さを復元すると、5.4mありました。 これは北部九州最大級のもので、ここに眠る人物は玄界灘沿岸部の有力豪族のひとりであったと考えられます。

古墳のすそに立てられていた壺形埴輪
沖ノ島祭祀遺跡と東郷高塚古墳

 神湊から約60km沖合に位置する、玄界灘に浮かぶ絶海の孤島「沖ノ島」は、銅鏡や金製指輪など豪華な品々が発見された祭祀遺跡です。 約8万点におよぶ奉献品はすべて国宝に指定されています。4世紀後半から9世紀末にかけ、ヤマト王権が朝鮮半島への航海の安全を祈願し、大規模なマツリを行った遺跡と考えられています。 この国家的祭祀には、大陸への航海を得意とした宗像の豪族が深く関わっていました。古墳の規模や主体部の構造からも東郷高塚古墳に眠る人物は、 沖ノ島祭祀の開始期にこの地域で活躍した有力者(首長)であったと考えられます。

割竹形木棺の復元図
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